• いつも大丈夫

    私は今でこそ、どっしりと構えていられるようになってきているけれど、
    子供の頃から心配性な性分で、更には人に迷惑をかけるなと育てられてきたので
    人との約束があれば早めに着いておくように家を出るし、初めて行く場所ならば
    前日に地図を調べたり実際に行ってみたりしておく。
    他にも、たくさんの人と会う場合には脳内シュミレーションがとめどなく行われるし、人との約束の前には何か予期せぬことが起きるのではとソワソワしてしまうのだった。
    しかし、実際に予定が終わると、とてもハッピーな気分で帰宅する。
    それは予定が無事に終われたからというよりか、本当にその予定を楽しんでこれたから、なのである。

    とある日に、やっぱりハッピーなご帰宅をした私に向かって旦那さんは「(毎回心配してるけど)結局いつも大丈夫だよね」と言ってきた。
    私『いつも大丈夫…いつも大丈夫…確かに!!!!!!!!!』
    目から鱗とはこのことで、本当にポロリと取れたように気づいたのである。

    『いつも大丈夫やん、私!』って。


    そこからの絶対的な安心感はすごくて、いつも心配してる私が作る世界からいつも大丈夫な私が作る世界へとジャンプアップできたわけです。
    これはすごいこと。土台が変わったわけだからね。
    きっとまだ心配性な私も登場するのだろうけど、その度に語りかけるつもり。

    『いつも大丈夫だよ!』と。

  • 腑に落ちるとき

    今はスピリチュアルの事が知りたいと思えば、スマホ一つでたくさん情報が得られる時代。

    私も霊感少女だった頃から、占いやおまじないの本をたくさん読んでいたし、大人になってからもたくさんの本を読み、人に話を聞き、ハイヤーセルフから教えてもらいと、たくさんの知識に触れてきた。そして自分の経験から感じるのは、知識があるのと、経験したことでは大きな差があり、更には経験して、腑に落ちた時が本当の「知る」ということなのだと思うのだ。

    「相手はあなたのために嫌な役を演じてくれている」
    これは、自分の外側の世界は自分の内側を映している鏡という話の中で出てくることで、知識として知り、頭では理解していた。けれど、自分が傷つく、怒るというような出来事があると、相手に対して重い暗い気持ちを持ったり、自分を責めたりしていた。頭ではわかっていても、腑に落ちていないと、心は納得しない。心で理解する必要がある。それまではずっと同じループを繰り返す。

    とある日、自分が知り合いからブロックされていることに気づいた。
    私はやっぱり悩み始める。
    「良好な関係だと思ってた」
    「私何かしちゃったかな」
    「私のこと嫌いなのかな」
    なんて風に。そして言い聞かせる。これは私への学び、気づきのために起きているんだと。でもなかなかね、しぶとくて。また相手の名前を目にしたりして思い出して、また落ち込む。なんて繰り返していた。
    そしたら急に目覚めとはやってくるもので、お風呂を洗ってる時にそれはきた!

    「そっか、あの人は私に悪意なんてないんだ。ただ私のために嫌な役やってくれてるんだ。そんなん感謝でしかないやん!あの人もあの人も、ありがとう!!!」

    これが腑に落ちた瞬間。苦手意識を持っていた人に対して感謝の気持ちしか湧かなくなる。いろいろ教えてくれてたんやなーー!!ありがとーー!って。

    知識で知っているのと、体験して腑に落ちたのとでは、雲泥の差がある。
    世界がひっくり返るって表現が本当にしっくりくる。そんな感覚。
    こうして少しずつ目覚めていくのだ。

    やっぱり面白いね、この世界!

  • 大きく翼を広げた日

    『何か足りない』

    そんな感覚を持っていた
    物質的なことではない、自分の精神的なもの
    どこか欠けている球のような
    どんな状態であっても完璧で無敵な存在なことは
    頭ではわかっているけれど、自分の中でまだ何かが足りていない
    それをずっと探している日々が続いていた

    繰り返し自分に起こってくる問題を
    ついに向き合うことにした時
    手から大きな光の球が出てきた
    それはどんどん大きくなり両手で持つことにした
    太陽みたいに眩しい光の大きな大きな球
    それは私に与えられていたギフトらしかった
    口から飲み込んでしまいなさいと言われ飲み込んでみる
    心の中に大きな太陽がすっぽり入った
    すごくあたたかい

    うーんと手を伸ばしたくなり思い切り伸ばしてみる
    手だと思っていたものは大きな翼だった
    この一年ほど感覚的にずっと左腕が痺れていたのだけど
    その大きな翼を縮めて小さく小さく隠していたからだった
    もう大きく伸ばしても大丈夫
    もう隠さなくて大丈夫
    そう思えた

    そして
    心に流れ込む鮮烈な想い
    『全てだった 私は全てだった
     全てが愛で 私が愛だった』
    どうしてこれを忘れていられたのだろう
    こんなに大切なことを忘れていたなんて
    そこには全てと溶け合っている自分がいた
    もう全てが自分
    境界はどこにもない
    欠けている自分はもういない
    私は大きな翼を広げて生きていく


    P・S
    「この大きな翼であなたをあたためにいくね」