腑に落ちるとき

今はスピリチュアルの事が知りたいと思えば、スマホ一つでたくさん情報が得られる時代。

私も霊感少女だった頃から、占いやおまじないの本をたくさん読んでいたし、大人になってからもたくさんの本を読み、人に話を聞き、ハイヤーセルフから教えてもらいと、たくさんの知識に触れてきた。そして自分の経験から感じるのは、知識があるのと、経験したことでは大きな差があり、更には経験して、腑に落ちた時が本当の「知る」ということなのだと思うのだ。

「相手はあなたのために嫌な役を演じてくれている」
これは、自分の外側の世界は自分の内側を映している鏡という話の中で出てくることで、知識として知り、頭では理解していた。けれど、自分が傷つく、怒るというような出来事があると、相手に対して重い暗い気持ちを持ったり、自分を責めたりしていた。頭ではわかっていても、腑に落ちていないと、心は納得しない。心で理解する必要がある。それまではずっと同じループを繰り返す。

とある日、自分が知り合いからブロックされていることに気づいた。
私はやっぱり悩み始める。
「良好な関係だと思ってた」
「私何かしちゃったかな」
「私のこと嫌いなのかな」
なんて風に。そして言い聞かせる。これは私への学び、気づきのために起きているんだと。でもなかなかね、しぶとくて。また相手の名前を目にしたりして思い出して、また落ち込む。なんて繰り返していた。
そしたら急に目覚めとはやってくるもので、お風呂を洗ってる時にそれはきた!

「そっか、あの人は私に悪意なんてないんだ。ただ私のために嫌な役やってくれてるんだ。そんなん感謝でしかないやん!あの人もあの人も、ありがとう!!!」

これが腑に落ちた瞬間。苦手意識を持っていた人に対して感謝の気持ちしか湧かなくなる。いろいろ教えてくれてたんやなーー!!ありがとーー!って。

知識で知っているのと、体験して腑に落ちたのとでは、雲泥の差がある。
世界がひっくり返るって表現が本当にしっくりくる。そんな感覚。
こうして少しずつ目覚めていくのだ。

やっぱり面白いね、この世界!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です